自転車散歩

家の中にずっといると、息が詰まるようなきがして、外に飛び出したくなる。
自転車を走らせて、すこし遠くまで行く。知らない場所で、迷うことを期待して道を選ぶ。道の勘は良い方で、いままで迷ったことはない。
家の外にも世界が広がっていて、時間とともに動いていることを頭や体に感じる。絵を描きながら、時折一歩下がって全体を見るような気分だろうか。


空間を満たす空気が、だいぶ生暖かくなってきた。時折吹く風が少し涼しいので、今日はまだ良かった。
知らない場所までくねくねと道を選んで走っていき、知らない公園のベンチに腰を下ろした。高架下の公園は日陰で、そこだけ涼しかった。少し距離をおいたところに見えるグローブジャングルとベンチが、夏の予告編のような強い陽の光を浴びていた。その背景のフェンス沿いに、大好きな立葵の花がたくさん並んでいた。人の気配はなく、とても静かで、それは世界が広く広がっている感覚の尻尾を感じさせた。

一方で、誰にも出会わずに世界を観察していると、社会との距離も感じさせる。世界を観察するように、社会とも交わらずに観察する立場に身をおいていないか。わからない。社会に身をおいて人生を自分ごとにし、人々の間で生きているってどういうことだろう。私はできていないんだろうか?できているんだろうか? 何にせよ平日の昼間の郊外、あまりにも外に人がいないので、人間たちが蠢き、生きていることがどこか遠くのことのように思えてきた。

すこし気分も落ち込んできたところで、家に戻ることとした。

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